
小学校の頃、休みごとに生家となる長崎に預けられていた私と妹が、楽しみにしていた場所があった。五島列島福江島。当時県庁で水産関連の仕事をしていた叔父と叔母が住んでいたのだが、毎年一、二回のここへ滞在する数週間は、子供の夢を一挙に叶えることができた。香珠子椿浜の青い海での海水浴、出来たばかりのコンカナ王国でのクワガタ採りやパットゴルフ(現在廃止)、超大型のキス釣りや貝拾いなど、いずれも長崎県下で十分可能な遊びかもしれないが、それらが島という、ほんのわずかな移動時間で全て楽しめる貴重な場所だった。移動が疲れの原因となるわけで、引率の大人には、機動力の確保が非常に重要な点であったと思う。父母や祖父母などの口うるさい人がいないことで、我々兄妹には開放的な気分を味わえる唯一の場所だったのかもしれない。
時が経ち、叔父の家も長崎市内に戻ったが、なぜか私は今も時折、いやかなりのペースで五島に居る。たくさんの遊びの中から、釣りをメインとした仕事をはじめた今、また五島に迷い来てしまったのだ。目的は釣りかもしれない。はじめは釣りだった。釣友RED氏から「五島の山松木ってページがあるから、そこのクールマン荒木さんに連絡とったら面白いよ」といわれ、なんとなく連絡を取り、長崎に帰った際に行ってみた。そこから始まったのは、もはや釣りではなく、仲間と騒ぐ毎日の同窓会である。なぜこれほどまでにこの山松木のメンバーに親しみが持てるのかはわからない。そして、この状況は自分だけではなく、誰が行っても同じだということにも驚いた。
人に会いに行く旅。これは実は回を重ねるごとにつまらないものになる可能性が高い。毎年何回も何回も同窓会があったら、近所ならともかく、そこへ行く労力がかかるとすれば、まったくありがたみがないのと同じである。しかし、人間は欲にとらわれる生物である。同窓会も狙っている異性でもいれば、何度だって行くだろう。それと同じで、五島には釣りという欲がある。狙っている魚がいる。毎回そこそこのドラマがあり、釣りも満足したと思って帰るのだが、必ず最終日に港に帰るときに、必ず現場に残る人間にスゴいやつが釣れる。写真付きのふざけたメールが来る。だが、帰らなければならない。それこそが五島の仲間たちとの次回への絆である。くだらない恋愛に一喜一憂させられるよりも大きな波をかぶるのだ。
この島の、釣りでの利点も説明しておきたい。釣りの九割は『場所』で決まる。本州や九州で同じ魚を狙うとしても、風や波がよい方向へ向かなければ釣りにならない。波を釣る魚となるヒラスズキなどは顕著である。これが小さい島ならば、風向きによって臨機応変に釣り場を変えることができる。東西南北、どこへ移動するにもせいぜい1時間の範囲。これは大きい。そして列島であること。広い洋上に突如ぽっかりと浮かび上がる、たくさんの入り組んだ島々の存在は、水産資源の安定供給を生み出す。もちろん交通の便は適度に面倒で、この島を知る者には道路の側溝程度の障害だが、知らない本土の人間には大きな谷にも思える障害となる。行けばわかるが行かなければ文字や数字上の問題は非常に大きいのだ。一握りの勇気で飛び出すにはちょうどよいかもしれないが、都会に住む多くの現代人には無理な話だろう。となれば釣り人の数も自動的に規制され、思う存分釣りを楽しむことが出来る。今後も釣り場が荒れそうな危機感をそれほど持たずに済むわけだ。
だから皆行けばいい、とは言わない。日本にはたくさんの島があり、それぞれに魅力を持っている。ただ、観光なんて何も考えず、釣りの欲だけで端から端まで辿った人間たちが、この五島に何度もリピートしてしまう事実だけは知っていただきたい。釣る、歩く、見る、泳ぐ、浴びる、飲む、話す。
つまりは、メシが、旨いのだ。
山松木(さんしょうぼく)とは、言うなれば長崎県五島列島に巣食う平和な悪の組織です。
![]() 都々木 シケマン 隆也
(つづき シケマン たかや)
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![]() 谷川 バイヴ 直史
(たにがわ バイヴマン なおふみ)
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